埼玉県議会議員 吉良英敏
2021/03/03 全国初!「ケアラー支援条例」制定で、社会はどう変わるのか(前編)
2021/03/05 全国初!「ケアラー支援条例」制定で、社会はどう変わるのか(後編)
介護者サロン1000カ所設置が目標
改めて条例の中身についてご説明すると、「ケアラー支援条例」では、県や県民、関係機関が連携しながらケアラーを社会全体で支えていくことや、県が推進計画を作ることなどを定めています。中でも18歳未満のヤングケアラーに対しては、適切な教育の機会を確保し、自立が図られるよう支援しなければならないとしています。この条例により、縦割り行政に横串を刺し、本当に支援を必要としている現場と向き合い、こぼれ落ちないようにしなければならないと考えています。
・18歳未満の「ヤングケアラー」について、教育機関が支援の必要性の把握に努めることなどを明示
・ケアラー支援に向けた推進計画の策定や、県、市町村、関係機関などの連携協力体制の整備などを県に義務付ける
現在は、条例に基づき、具体的な施策を検討する段階に入っていますが、私が提案しているのは、〝スープの冷めない距離感〟での「介護者サロン」の設置です。若者向けにはオンラインサロンも検討しています。なぜサロンかというと、必要な支援の半分はレスパイトケア(介護者が一時的に介護から離れて休息を取れるようにする支援)など物理的なサポートですが、残りの半分は心のケアです。困ったとき、悩んだとき、すぐに行ける距離に、気軽に話せるサロンがあったら、精神的に落ち着くことができたり、専門職につないでもらえたりします。埼玉県では、ヤングケアラー向けサロンの役割を果たす場所として、子ども食堂や学習支援の場などの「子どもの居場所」に力を入れています。現在300カ所ほどあるのですが、これを800カ所まで増やしたいです。さらに地域包括支援センターは県内に283カ所ありますから、ここを含めて、合計1000カ所以上の介護者サロンを設置したいと考えています。このようなサロンや子ども食堂であれば、専門職でなくても、地域のボランティアの方が担うことも可能です。ケアラーにとって温かい居場所を、社会全体でつくりたいと考えています。
何より大切なのは「教育」
私は、「社会全体」で支援するとか、「共生社会」をつくるとか、言葉だけになっては駄目だと思っています。「障害のある人もない人も共に生きる」と言葉にするのは簡単ですが、実際には実現できていない場面が多い。例えば、障害があると特別支援学校へ通う子どもが多く、「共に学ぶ」ことができていない。成人式も、障害のある人とない人が、一緒に参加していないことが多いです。
社会の根本的な問題に踏み込む、新しい概念をつくるには、何より「教育」が大切です。私は「ケアラー手帳」を作成し、教科書として使うことを提言しています。自分がケアラーだと気付き、孤立を防ぎ、スムーズに専門職とコミュニケーションが取れるツールとして活用したいと考えています。さらに、手帳の配布により、ヤングケアラー以外の子どもたちにとっても、ケアラーの存在を認識してもらう「福祉教育」になるはずです。
「分からない存在」や「今まで光の当たっていなかった存在」に対して、見て見ぬふりをせず、積極的に一歩前に出られる人を育てる教育が必要です。今回で言えば、家庭内の問題と捉えるのではなく、社会の一人ひとりが問題を知ることで、豊かで多様な社会になるということを、子どもたちにしっかり教えていかなければならない。この問題が他人事ではないこと、そして「新しい世界が広がること」を教えたい。そのような教育ができれば、言葉だけに留まらない、本当の意味で「共生社会」をつくること、「社会全体」で支援することができていくのではないでしょうか。
原動力は、市民と議会と事務局の高いモチベーション
想いを込めた当条例ですが、今回、なぜ全国初の条例を作ることができたのかについてもお伝えしたいと思います。それは、埼玉県議会には常に全国に先駆けて条例を作ろうというモチベーションがあるからです。約8割の地方議会が議員提案条例を出していない中、私たちは常に条例化するべき課題はないかアンテナを張っています。
今回の「ケアラー支援条例」に関しては、2019年6月から、県議会の自民党会派がプロジェクトチームを立ち上げて条例案を検討。国内に事例がないため、先進的な取り組みを行っているオーストラリアへ視察にも行きました。本件には県民からの強い要望や関連団体の方々からのサポートもあり、切実なパブリックコメントも多数頂戴しました。さらに議会事務局に法制や法務に強い職員が多数いて、議員提案条例を作りやすい環境もありました。県民・議会・事務局、3者のモチベーションの高さが、全国初の条例を制定させる大きな原動力となり、条例は〝全会一致〟で成立。今回この条例の提案者代表に抜擢いただき、県民・議会・県庁職員の皆さまのおかげで条例を成立させることができ、心から感謝しています。
埼玉県でこれが叶ったのですから、ぜひ他の自治体でも、さらに国でも、取り組みを進めてほしいと思っています。条例を作るまでのマニュアルを作成して、他の自治体に〝輸出〟することも提案しています。県内の市町村に対しては、予算も付けられるよう意見しており、それぞれの内情に応じた条例を作成してほしいです。これからは県内外問わず情報発信に力を入れ、ケアラーが安心して介護・看護ができるよう、一人でも多くの人にこの問題を知ってもらいたいと考えています。
縦割り是正や人材育成に効果も
今回、ケアラー支援条例の制定に当たり、私自身も学ぶところが多々ありました。先ほど、地方議会の約8割は議員提案条例を制定していないと述べましたが、それは非常にもったいないと思います。新しい条例を作ること、新しい支援体制を整えることは、実は付加的な効果を生み出し得ることが分かったからです。
まず、縦割りの是正。子どもの問題で言えば、教育と福祉に分断されてしまうので、この是正に取り組む必要が出てきます。また、1人のケアラーを支援するには、県と市町村、あるいは自治体同士の連携や情報共有が必要な場合もあります。ケアラー支援に取り組むことは、縦割り是正にもつながるのです。
次に、人材育成。新しいケアラー支援という概念の下、新しい施策を実行することは、職員にとって学びと育成の機会になります。例えば、ケアラーに関する知識と経験を豊富に得た地域包括ケア課の職員が選挙管理委員会へ異動したら、選挙時にも「ケアラー」という新しい概念が持ち込まれ、新たなサービスが生まれるでしょう。新規施策や人事異動によって、行政サービスの質がますます向上していくのです。
コロナ禍のケアラー支援
現在のコロナ禍においても、ケアラー支援条例は効果を発揮しています。今年度、ケアラーのためのコロナ緊急対応策として約4億円の予算を付けることができました。具体的には、介護者が感染した場合、被介護者が入居できる施設を県内7カ所に確保するとともに、その時のための「引き継ぎシート」を作成しました。シートには、ケアラーの方に、被介護者の最低限の情報をまとめてもらいました。これはコロナ禍のみならず、災害時などにも役立つものです。今回の施策は、ケアラーの不安要素を一つ減らし、安心につながったと考えています。
長引くコロナ禍で、ケアラーの孤立も心配です。これからもさまざまな方法でケアラー支援に取り組み、埼玉県が引っ張っていく存在でありたいと考えています。もう「社会からの虐待」を起こさないために──。
(おわり)
【プロフィール】
吉良 英敏(きら・ひでとし)
埼玉県議会議員
1974年、埼玉県幸手市の真言宗「正福院」の16代目として生まれる。小沢一郎衆院議員の私設秘書を経て、2015年から埼玉県議会議員。現在2期目。埼玉県議会企画財政委員長。全国初「ケアラー支援条例」提案者代表。「きらきら政治塾」「寺子屋きらきら☆こども塾」など、次世代の人材育成にも力を入れる。特技は剣道、趣味は芸術創作。