鈴木太郎 (横浜市会議員、株式会社Public dots & Companyエバンジェリスト、明治大学客員研究員)
5.官民データ活用の具体的な取り組み
前回までのように条例が制定され計画も策定されましたが、それが具体的な成果を生まなければ本来の目的を達成するには至りません。そこで、成果が表れつつあるプロジェクトを幾つか紹介します。
(過去の記事はこちら。第1回、第2回、第3回、第4回、第5回)
①データサイエンスで将来の救急需要を予測
官民データ活用推進基本条例の議論が大詰めを迎えていた2017年3月に開催された横浜市会市民・文化観光・消防常任委員会において、筆者は救急隊の運用についてデータに基づく政策立案を提案しました。当時、横浜市の救急隊は消防庁より示された適正数としては77隊でしたが、実配置数は70隊でした。適正数までの増隊を望む一方で、限られた資源においても有効に活用するためにデータを利用することを提案しました。特に、救急隊の出動1件ごとに記録されている「救急活動記録」に注目しました。ここには出場日時、現場到着日時、病院搬送日時や患者の症状などが記されており、これを分析することでより戦略的な救急隊の配置や運用ができるのではないかと考えたのです。
この提案を受けて消防局とデータサイエンス学部の開設準備をしていた横浜市立大が連携し、データサイエンスによる救急需要の将来予測を共同研究として実施しました。以下に共同研究の概要を紹介します。
1.共同研究の概要
横浜市立大医学部臨床統計学教室(山中竹春教授)が中心となり、データサイエンスの手法を用いて2030年までの救急出場件数を予測しました。研究に当たっては、消防局の保有する15年間分、約250万人の救急搬送記録に加え、市内の将来人口推計や流入人口、インバウンド、気象の影響等を加味しました。なお、予測件数は、年間出場件数のほか、時間帯や18行政区別の出場件数、傷病程度別などの視点から算出しました。
2.研究結果のポイント
①横浜市は、2019年をピークに人口減少期に入りますが、高齢者の救急搬送は増加傾向で、2030年の救急出場件数は24万件超(2015年の1・36倍)に達する見込みです。
②時間帯別では、現在のピークタイムである午前中がさらに増加傾向となり、10時台の平均出場件数が40件(2015年の1・43倍)となる等、日中の救急出場件数が大幅に増加する見込みです。
③行政区別では、10年以上救急出場の最高件数を記録してきた中区を、区内人口が多く高齢化率の高い複数の区(戸塚区、港北区、鶴見区)が追い越す見込みです。
④事故種別では、交通事故による救急出場が減少する一方で、急病と一般負傷は増加する見込みです。特に高齢者にあってはその傾向が顕著です。
3.今後の取り組み
横浜市では、大幅な救急出場件数の増加により、救急業務だけでなく、119番通報の受信業務にも大きな影響が生じることから、次の取り組みを重点的に進めていきます。
①消防局と横浜市立大の共同研究(出場件数増加に伴う現場到着時間の延伸等)の継続
②研究結果のオープンデータ化による救急需要対策に関する公民連携事業(救急広報活動、病院救急車や患者等搬送事業者の活用等)の検討
③国内唯一の消防局コールトリアージシステムを用いた119番通報対応要領の検討
④救急需要増加に適切に対応できる救急体制(救急車台数、配置場所、急増する日中の救急要請に対応する救急隊)の検討等
また、引き続き、医療関係団体や救急医療機関等と連携した救急車利用に関する市民広報活動に取り組みます。
②ケアテック・オープン・ラボ横浜が始動
人口減少・超高齢化が進み介護サービスのニーズは高まるばかりです。一方で、担い手としての介護職の不足や介護保険制度を支える財源確保など、課題も山積しています。介護の現場ではテクノロジーの活用が十分に進んでいる状況ではなくデータ活用を進めることで働きやすい環境を創造していく余地が残されています。筆者は官民データ活用の観点から、こうした課題に挑戦していく必要性を提起してきました。
これを受けて横浜市は、株式会社ウェルモ(代表取締役CEO=最高経営責任者・鹿野佑介)、株式会社ジェイアーク(代表取締役・青木英憲)、株式会社ツクイ(代表取締役会長・津久井宏)、富士ソフト株式会社(代表取締役社長執行役員・坂下智保)と、相互に連携・協力し、本格的な超高齢社会の到来を見据え、介護分野においてさまざまな情報技術等を活用しながら、課題解決に向けた共同研究を開始することに合意し、「介護分野におけるオープンイノベーションによる課題解決に関する研究協定」を締結しました。また、本協定の締結を契機に、介護とICT(情報通信技術)を融合させ、それに伴うイノベーションを促すため、開かれた対話と実証実験の場を提供するプラットフォームとしてケアテック・オープン・ラボ横浜を始動させました。
まとめ
「横浜市官民データ活用推進基本条例」を例に議員提案条例の制定プロセスがどうなっているのか、そして条例制定後に政策はどのように展開しているのかを紹介してきました。条例は執行部が政策を進める根拠になりますが、それだけで原動力になるとは言い切れません。大切なことは、条例を根拠として据えつつ必要な政策を進める議論を議会が主導することです。本来、二元代表制が目指している議会と首長の在り方を今後も追求していきたいと考えています。
鈴木太郎(すずき・たろう)
1967年横浜市生まれ。横浜市会議員(5期)。明治大客員研究員。三菱銀行(現三菱UFJ銀行)、外資系金融機関、政治家秘書、米マイクロ・ストラテジー本社勤務を経て現職。民間企業での勤務経験を活かし、「官民データ活用推進基本条例」「将来にわたる責任ある財政運営にかかわる条例」「中小企業振興基本条例」などを議員提案によって成立させる。現在は民間と行政をつなぐ公民連携に取り組む。米シラキュース大情報研究大学院修士課程修了、上智大外国語学部卒。